今回、ローザンヌ国際バレエコンクールで韓国、中国勢が多数受賞したことについて、少しお話したいと思います。
私が韓国のユニバーサルバレエ団で踊っていた1985年(もう今から33年前!)には、既に仙和芸術学校は存在していました。
ホームグラウンドのこの劇場で、私は「くるみ割り人形」公演を2週間で24回踊るなど、日本では考えられないくらいの舞台数をこなしました。そしてそのバレエ団の舞台に出演する子役たちは、仙和芸術学校の生徒たち。
今回の受賞者のHannaちゃんも仙和の学生。
仙和芸術学校と芸苑学校
この二箇所にあるバレエ科に入ることが、韓国ではプロになる近道となります。
両校とも厳格なワガノワメソッドです。そうなると、この学校に入るためには小さな頃からワガノワメソッドを習得しなくてはいけない。
そうなると、日本のように指導者の資格もなにもなく、メソッドもミックスしても何ら問題視されてないバレエ教室事情とは明らかに異なります。皆、仙和に入りたいですから、街中のお教室もお受験のための塾のようになります。趣味のバレエの領域はこえていきます。そして街中のバレエ教室の教師たちはワガノワメソッドを勉強しないと
「勉強してないのに、指導できるわけ?」
と冷たい視線を浴びます。誰でも明日から
「私はバレエ教師です」
とバレエ団に入った経験もない人がお教室を開ける日本とは訳が違います。
そして中高一貫教育のあと、どこを目指すか、と言うと、大学の舞踊科。大学進学率100%とも言われる韓国では、ここでもバレエは趣味の習い事レベルではなく、完全なお受験対策が要ります。
そして中高生で優れた子たちは学校とは別に国がバックアップするいわゆる芸術家育成コースみたいなものにピックアップされて、全額無料で教育を受けます。そうやって選ばれた子たちがローザンヌやYAGPにエントリーしているわけです。
…というわけで、国からそのようなバックアップもない、教育システムもない、全日制の中高一貫バレエ科もない、メソッドもバラバラの日本のバレエ事情のなか、毎年毎年、ローザンヌに日本人がビデオ審査に通過したりしていること自体が奇跡だと思いませんか?
「日本人が入賞!」
など、ローザンヌやYAGPのたびにマスコミは取り上げますが、では取り上げてもらったところで、何が変わったでしょうか?教育システムが変わるどころか、何も変わっていない。ここ数年で変わったのは、個人のスタジオであり、個人で研究して頑張っている先生方、そして生徒さんたちが自らの力で運をつかんでいる…それだけです。
それにも関わらず
「日本のバレエのレベルは上がっています」
みたいな感じで報じられて。日本のバレエのレベルを上げたのは、個人の力です!後ろ盾のない先生の生徒さんたちばかり。そしてその生徒さんたちは、育ててくれた先生の元を離れ、海外に流出してしまう。
仕方ないんです。
日本の古い体質では、活躍する場がないから…
学業とバレエを両立出来る学校がないから…
私が非常勤講師を務める日本音楽高等学校は、文科省の決めた制限のギリギリのところで、やっとバレエが授業として認められていますが、では学校代表としてローザンヌやYAGPにエントリーする、というところまでには至っておりません。
ヨーロッパだったらどんなに小さな街にもオペラ劇場があり、毎晩のようにバレエやオペラが上演される。アメリカなら桁外れの富裕層がスポンサーとしてバレエ団をバックアップ。香港、シンガポールですら、ダンサーは生活が保障されます。日本だけです。アジアの主要な国で、ダンサーの生活が保障されない国は…
海外流出するしか選択肢がないでしょう?優秀な子供たちは今後も日本を離れていくのは目に見えてわかります。もう日本の現状では限界です。
そんななか、私の指導方針が変わったのは、仙和芸術学校のレッスン、そして仙和と同じシステムのキーロフアカデミーオブバレエのレッスンを見学してからです。私も現役で踊りながら指導していた時期がありましたが、現役ダンサーが指導すると結局は自分が所属するバレエ団のレッスンをそのまま指導したりしてしまうので、本当の意味での教育にはなっていない、と思います。現役バレエダンサーと、バレエ指導者は、全く別の次元で考えないといけないですし、オープンクラスなら問題ないとは言え、現役バレエダンサーが現役の片手間に指導するのは避けるべきだと考えます。時々奇跡的に成功するパターンがありますが、韓国、中国は現役ダンサーが後進の育成には携わっていません。全て第一線から退いた人たちです。
育てた生徒が日本を離れてしまうのは辛い。しかしたった一年に一度の発表会ですら、市の会館を抑えるのに倍率100倍…市の行事なら優遇されますが、私たちのような個人は、いつも倍率100倍でやっと踊る場を確保できる。
だから…いいんです。私の元を離れて海外に行っても…それが彼らの幸せになれば…
辛い面もありますが、個人で活躍している分、誰からの援助もない代わりに、国や組織からのプレッシャーもないのは、もしかしたら恵まれているかも知れません。
何の後ろ盾もあるわけではなく、どこかの組織の名誉職についているわけでもなく、まるで一匹狼のような状態でここまでやってきましたが、これからも何かに縛られることなく、制限がない分、どんどん前を向いて歩んでいこうと思います。
自分の身の丈以上には活動出来ないちっぽけな私ですが、個人の力だとしても、個人同士が助け合い、情報を共有すれば、奇跡が起きると思います。
今年は、その個人個人の繋がりを大事にしたい、と思います!
左右木健一